社会保険の中には、パートやアルバイトとして雇用した場合でも、必ず加入しなければならない保険があります。逆に、加入を希望しても一定の要件を満たさないと入れない保険もあります。
では、飲食店で働くパート・アルバイトの場合は、どのようなルールがあるのでしょうか。
ここでは飲食店を開業する経営者として知っておきたい社会保険の種類と受けられる給付、加入手続きのしかたなどについてわかりやすく説明していきます。
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社会保険とは、病気やケガ、失業などの不測の事態や、老後の生活に備えるための公的な保障制度で、個人ではなく、事業所単位で適用される保険のことをいいます。
一般に社会保険というときは「健康保険」「介護保険」「厚生年金保険」の3つを指しますが、広義の意味では「労災保険」と「雇用保険」も含みます。
次に、それぞれの保険制度について、加入者(被保険者)が受けられる給付内容について見ていきましょう。
社会保険のうち、最初に健康保険から見ていきましょう。
療養の給付
病気やケガで医療機関を受診したとき、医療費総額のうち自己負担は3割ですみます。残りの7割は加入者が支払う保険料と税金でまかなわれる仕組みになっています。
高額療養費制度
医療機関や薬局で支払った医療費の自己負担額が、ひと月で一定額を超えた場合、その超えた分が支給されます。先進医療の高額な医療費や差額ベッド代などは対象外です。
傷病手当金
病気やケガのため会社を休み、会社から十分な賃金が支払われない場合に、生活保障として支給されます。
出産手当金・出産育児一時金
出産手当金は、出産日をはさんで産前42日、産後56日の休業中、会社から賃金が支払われない場合に生活費の一部として支給されます。出産育児一時金は、健康保険が効かない出産費用を助成する目的で支給されるものです。
そのほか、緊急事態のため病院までタクシーなどを利用した場合の「移送費」や、被保険者が亡くなった場合の「埋葬費」を支給する制度などもあります。
介護保険は40歳になると加入が義務づけられ、40~64歳まで健康保険とセットで保険料が徴収されます。
介護が必要になったときに介護にかかる費用が給付されるもので、訪問介護などの「居宅サービス」、老人ホームなどに入居する「施設サービス」、介護ベッドや車いすなどを借りられる「介護用品レンタルサービス」などがあります。
老齢厚生年金
老齢厚生年金は厚生年金制度と国民年金制度の2階建てになっています。1階部分は20歳から加入が義務づけられている国民年金で、2階部分は会社員になってから加入する厚生年金です。2017年の法改正により、両方を合わせて納付期間が10年以上あれば、原則65歳から老齢年金を受給できるようになりました。
障害厚生年金
病気やケガが原因で働くのが困難になったとき、医療機関で診察を受けた初診日に厚生年金に加入していた場合に支給されます。事故による手足の障害、人工透析、がんなどの身体疾患、うつ病などの精神疾患も対象となります。
遺族年金
被保険者が死亡したとき、死亡した人によって生計を維持されていた遺族に支給されます。
療養(補償)給付
労働災害(仕事中や通勤途中に発生した病気やケガ。略して労災)のために治療を受けたとき、治るまでにかかった治療費が支給されます。労災指定病院で治療を受けた場合は、自己負担分はなく無料となります。
休業(補償)給付
労災が原因で会社を休み、給料をもらえなかったときに給料の約8割が支給されます。
障害(補償)給付
労災が原因の病気やケガが治っても障害が残った場合に支給されます。
遺族(補償)年金
被保険者が労災によって死亡したとき遺族に支給されます。過労死や職場のパワハラなどが原因で自殺した場合、労災と認定されれば支給されます。
葬祭費
被保険者が労災によって死亡したとき、葬儀を行った人に対して支給されます。遺族とは限らず、会社関係者が執行した場合はその人が支給対象となります。
このほか、「傷病補償年金」「介護補償給付」「二次健康診断等給付」などもあります。
失業給付基本手当
失業した人に対して、生活の安定を図るために支給するものです。再就職をする意思がある人に限られるため、病気やケガ、妊娠中などですぐには働けないという人は受けることができません。
再就職手当・就業手当
再就職手当は、失業給付基本手当をもらえる人が、1年以上雇用されることが確実な安定した職業に就いたとき、基本手当の支給残日数(もらい残し)が3分の1以上ある場合に支給されます。
就業手当は、失業給付基本手当の支給残日数が3分の1以上あり、再就職先がパートやアルバイトなど臨時的な就労で、雇用期間の見込みが1年未満と短い場合に支給されます。
育児休業給付
1歳未満の子どもを養育するために育児休業を取る人に支給されます。アルバイトの場合は、育休開始の時点で1年以上雇用が継続していること、子どもが1歳6か月になるまで労働契約が満了にならないことなどの条件を満たせば支給されます。
教育訓練給金
労働者が能力開発やキャリアアップのために厚生労働大臣が指定する教育訓練(資格、講座、通信教育など)を受けた場合に、一定の要件を満たせば費用が支給されます。
パートやアルバイトで働いている人は、社会保険に加入すると給料から保険料を差し引かれるので損するようだと思いがちですが、社会保険には次のようなメリットがあります。
1.保険料の自己負担分が少なくなる
健康保険と厚生年金の保険料は事業主と従業員が折半して払うのが原則です。それに対して国民健康保険と国民年金は、全額を自分で支払う必要があるので、社会保険に加入するほうが自己負担は少なくてすみます。
2.病気やケガで休職したときの手当てが充実している
病気やケガで休職する場合、社会保険に加入していると傷病手当金(給料の3分の2程度)が支給されます。国民健康保険にはこの制度がありません。
3.老後に受け取る年金額が増える
老齢年金は、国民年金の基礎年金に厚生年金を上乗せした分が支給されます。厚生年金の加入年齢は何歳以上という制限がなく、中学校を卒業して就職すれば15歳からでも加入できます。加入期間が長ければそれだけ将来受け取る年金額が多くなります。
社会保険に加入するデメリットとしては、前述したように保険料を引かれるため給料の手取りが減ってしまうことです。しかし、最近の傾向として、パートやアルバイトで仕事を探す人たちは、賃金よりも「社会保険完備」を重視する人が多くなっています。
また、2016年10月から社会保険の適用範囲が拡大され、パート・アルバイトも加入しやすくなりました。その後の調査で、新たに社会保険に加入した短時間労働者が約37万人にも及ぶことがわかりました。これも、手取り収入より生活の安定を選ぶ人が多くなっていることの表れといえるでしょう。
社会保険の加入手続きは、勤務先が行うことになっています。パート・アルバイトを雇用した場合の加入要件と手続きのしかたについて見ていきましょう。
健康保険(介護保険を含む)・厚生年金
健康保険と厚生年金が適用される事業所を適用事業所といい、加入が義務づけられている「強制適用事業所」と、経営者の意思に任せる「任意適用事業所」の2種類があります。
法人と、個人経営で常時5人以上の従業員を使用する事業所は強制適用事業所に該当します。ただし、飲食店などサービス業は任意適用事業所に分類されているため、従業員が5人以上いても強制ではなく任意加入となります。
任意適用事業所は、日本年金機構に申請して許可を得れば適用事業所と同じ扱いになります。それによって、勤務時間と勤務日数が正社員の「4分の3以上」のパート・アルバイトは加入しなければなりません。
4分の3未満のパート・アルバイトに関しては、以下の要件を満たしている場合に加入対象となります。
1.1週間あたりの決まった勤務時間が20時間以上であること
2.1か月あたりの決まった賃金が88,000円以上であること(年収換算で106万円以上)
3.雇用期間の見込みが1年以上であること
4.学生でないこと(夜間、通信制は除く)
5.被保険者が501人以上の事業所であること。500人以下の事業所の場合は、社会保険に加入することについて労使で合意がなされていること
<提出機関>
従業員が入社してから5日以内に、最寄りの年金事務所に「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」を提出します。本人のマイナンバー(個人番号)も必要です。
<保険料の負担>
事業主と従業員が半額ずつ負担します。
労災保険
労災保険は、従業員を一人でも雇用した場合に加入義務が発生します。労働時間がたとえ1日1時間でも加入しなければなりません。
<届け出機関>
はじめて労災保険に加入するときは、ハローワークに「労働保険の保険関係成立届」を提出します。成立した日の翌日から10日以内に、事業所設置にかかわる諸手続きを行います。
<保険料の負担>
労災保険は事業主が全額負担します。
雇用保険
雇用期間が31日以上の見込みがあり、1週間の労働時間が合計20時間以上の場合は加入義務があります。それ以下の場合は対象外です。
<届け出機関>
従業員を雇用した日から10日以内に、ハローワークに「雇用保険被保険者資格取得届」などを提出します。
マイナンバーも必要です。
<保険料の負担>
事業主と従業員の双方で負担します。
社会保険が適用されても保険料を負担しなければならないことから加入をためらう個人事業主も少なくありません。
しかし、従業員が勤務中に大ケガをするようなことがあると治療費は事業主に支払い義務が生じます。そのようなとき、健康保険や労災保険に入っていれば手厚い補償を受けることができます。
そう考えれば、社会保険は従業員のためだけでなく、事業主のための保険でもあるといえるでしょう。手続きがよくわからないという場合は、社会保険労務士に依頼する方法もあります。
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